Lost My Keys!!
日曜日。昼から三人で集まり、ランチやら買い物やら久しぶりに飲み以外で出かけていた。
そして、少し早い夕方から居酒屋で少し飲み、店内がざわめいていたあたりで、仁王の家で飲み直そう、ということになった。が。
「鍵がない」
マンションのエントランス前で、仁王がぽつりと言った。先を歩いていた丸井が振り返る。
「何の?」
「家」
一瞬の沈黙のあと、丸井の顔がみるみる崩れた。
「お前が!?」
声を上げて笑い始めた丸井を、仁王が鬱陶しそうに見る。
普段、人の忘れ物にはやたらとよく気づく。三人で店を出る時も、テーブルに残されたスマートフォンや傘を見つけるのは大抵仁王だった。
その仁王が、自分の家の鍵をなくした。丸井には相当面白いらしい。
「笑いすぎじゃろ」
「だってお前、こういうの絶対やらなそうじゃん」
「俺を何じゃと思っとる」
「人のミス見つけて笑う側」
「丸井くん、それはちょっとわかるわ」
白石まで同意したので、仁王は黙った。反論したいところだったが、今まさに自分の鍵がない。ジャケットのポケットをもう一度探る。右、左、内側。
鞄も開けた。財布、イヤホン、充電器。鍵だけがない。
さすがに丸井も笑うのをやめた。
「マジでないの?」
「ない」
「店は?」
「出る時はあったと思う」
「思う、になっとるやん」
白石がスマートフォンを取り出した。
「とりあえず来た道戻ろか。まだそんな歩いてへんし」
結局、三人揃って夜道を引き返すことになった。
スマートフォンのライトをつけ、歩道の端や植え込みを覗きながら歩く。酔客を避けながら、いい大人が三人揃って地面ばかり見ている。途中で立ち寄ったコンビニにも戻った。
店員に尋ねたが、鍵の落とし物はない。
「お前ほんとに持ってた?」
店を出たところで丸井が聞いた。
「持っとった」
「最後に見たのいつ?」
「飲んどる時」
「なんで鍵見るんだよ」
「財布出した時に見えた」
「じゃあ店じゃない?」
「店にもなかったやろ」
白石は二人のやり取りを聞きながら、さっきまでいた店に電話をかけた。席の周辺まで確認してもらったが、やはり見つからなかった。三十分ほど探して、元のマンション前へ戻ってきた。
成果はない。
「どうすんの?」
丸井が聞いた。
「明日、管理会社に連絡する」
仁王はもう諦めたらしい。
「今日の話してんだけど」
「どっか泊まる」
「そのどっかに俺んち入れんなよ。明日早いから」
仁王が白石を見る。白石は嫌な予感がした。
「なんで俺見るん?」
「部屋広い」
白石は不服そうな顔はしたものの、結局白石の家になった。鍵がなくて家に入れないのだからしょうがない。
途中のコンビニで仁王用の歯ブラシを買い、三人で白石の部屋へ向かう。丸井は自分の家とは逆方向になるのに、なぜかついてきた。次の日、早いとも言っていたはずだが、ここまで来たら結末を見届けたいらしい。
白石の部屋に着くと、仁王は借りたスウェットに着替え、早々にソファへ収まった。なくした本人とは思えない寛ぎ方だった。
「お前、もう一回鞄見ろよ」
丸井が言った。
「見た」
「ポケット全部?」
「見た」
白石が仁王のジャケットを見る。
「内ポケットは?」
「見たぜよ」
「ほんまに?」
「何回聞くんじゃ」
そこまで言われれば、さすがに信じるしかない。白石は毛布を仁王へ投げた。
「ほら。明日起きたらすぐ管理会社電話しや」
「ありがとの」
「鍵なくした人間とは思えんくらい落ち着いとるな」
「なくしたもんは仕方ないじゃろ」
丸井が呆れた顔をした。
「こういう時だけ前向きだよな、お前」
翌朝。
白石は仁王より先に起きた。
水を飲もうとリビングへ行き、ソファの背に掛けられたジャケットが目に入った。昨夜、仁王が着ており、何度も鍵を探していたものだ。何となく手に取る。
内ポケット。何もない。
その奥に指を滑らせたところで、小さなファスナーに触れた。こんなところにもポケットがある。何気なく開ける。
ちゃり、と音がした。
白石は動きを止め、その音が鳴ったものを掴み、しばらく無言で見つめた。ちょうど起きてきた丸井が、眠そうな顔でこちらを見る。
「何してんの?」
白石は答えず、手に持っているものを丸井に見せた。
「……マジ?」
二人でテーブルの上に鍵を置いた。
数分後。最後に起きてきた仁王が、それを見つけた。
「……お」
仁王が止まる。丸井は腕を組んだ。白石も黙っている。
「……どこにあったんじゃ」
「ジャケット」
「見たぜよ」
「内ポケットの、さらに内側」
仁王がジャケットを手に取った。白石が示した場所を確認する。確かに小さなポケットがある。
「こんなとこ入れた覚えないんじゃが」
「勝手に鍵入るポケットなん?」
「…便利じゃの」
「便利じゃねえよ!」
丸井の声が響いた。昨夜、三人で歩いた道。コンビニ。店への電話。全部思い出したのだろう。
「俺ら何しに歩き回ったんだよ!」
「健康のため?」
「昨日の時間返せ!」
白石もため息をついた。
「俺、管理会社の連絡先まで調べたんやけど」
「助かったぜよ」
「一切助かってへん」
仁王は鍵を指先で回した。
「まあ、見つかったんじゃからええじゃろ」
その言い方で、二人の何かが切れた。左右からクッションが飛んできた。仁王は一つ目を避けた。避けた先で、白石の投げた二つ目が顔面に当たった。
「……白石、結構本気じゃったろ」
「気のせいや」
白石は笑っていた。