ペテン師も嘘をつけない
年が明けた。一月。
キャンプには行かなかった。
三人とも仕事が忙しく、予定が合わなかったのだ。
二月も同じだった。
しかし、三人のグループLINEも、普段通りだった。飲みに行く話。丸井が送ってくる飯の写真。白石がたまに送る植物の写真。仁王はただ見ていたり、たまに茶々を入れたり。
そんなある日。仕事から帰った仁王は、上着を脱いでソファに座った。
テレビをつける。面白くない。
スマホを見る。特に連絡もない。
なんとなく天気予報を見る。週末、晴れ。
最低気温、二度。
「…………」
キャンプ場なら、もっと寒いだろう。
そこまで考えてから、自分で自分に腹が立った。
何を考えている。別に行く予定もない。
スマホを置いたが、その五分後、また取った。
以前見たキャンプ場のサイトを開く。
冬季営業中。空きあり。
「…………」
今度は地図を見る。都内から二時間半。遠い。
別のキャンプ場を見る。一時間四十分。行ける。
林間サイト。車横付け可能。温泉まで車で十分。
「…………」
写真を見る。悪くない。というか、かなりいい。静かそうだ。サイトも広い。
口コミを見る。夜は星がよく見える。
「…………」
仁王はグループLINEを開き、文字を打ち始める。
『今週末』
消す。また打つ。
『土曜暇?』
消す。スマホを伏せる。
「……なんで俺が。これじゃあまるで」
誰もいない部屋で呟く。テレビだけが喋っている。
もう一度スマホを取った。
『土日、お前さんら暇?』
と、送った。
既読が一つ。早い。丸井だった。
『暇』
『なに?』
少しして白石。
『俺も空いてるで』
仁王は画面を見る。二人とも空いている。
なら仕方がない。仕方がないので、さっき見ていたキャンプ場のURLを送った。
すぐに既読はついたが返信がない。
その代わりに丸井から電話がかかってきた。
嫌な予感がした仁王は鳴り続けているスマートフォンを無視したが、切れてはまたかかってくるため、観念して電話に出た。
「……何じゃ」
『仁王!お前からキャンプ誘った!?』
「声でかい」
『白石!聞いたか!?』
丸井はグループ通話にしていており、すでに白石も通話にいた。
『仁王くん、キャンプ行きたいん?』
「別に」
『じゃあなんでキャンプ場送ってきたんだよ!』
「たまたま見つけたからの」
『たまたまキャンプ場見つけることある!?』
「あるじゃろ」
『ねーよ!』
白石が笑っている。
『ええやん。行こか』
「……まあ、お前さんらが行きたいなら」
『仁王が誘ったんだろ!』
「うるさい」
『予約した?』
白石に聞かれる。
「まだ」
『ほな俺やっとこか?』
「いや、俺がやる」
電話の向こうが静かになった。くすくすと笑い声が聞こえる。
『せやったら、頼むわ』
『仁王が予約……』
「切る」
『待って待って。サイトどこ取る?』
「林間」
『即答じゃん』
「写真見たらそこが一番よかった」
『めっちゃ調べてんじゃん!』
電話を切った。
三月。三人はそのキャンプ場にいた。仁王が見つけた場所だった。
「ここ当たりだな」
丸井が椅子に座って言う。
サイトの向こうに林が広がっている。少し歩けば川もある。昼間は暖かい。夜はまだ冷えるだろうが、それも想定済みだった。
「ええとこやな」
白石もコーヒーを飲みながら言う。
「仁王くん、よう見つけたな」
「たまたまじゃ」
「はいはい」
丸井が笑う。仁王は何も言わず、焚き火台の準備をした。
自分の焚き火台。もう組み立て方も覚えた。薪の組み方も手慣れたものだ。
「ところで仁王」
そう言いながら丸井が指を差す。サイトの端。そこには、まだ張っていない見覚えのないテント。前回まで使っていた三人用ではない。新しい。
「いつ買ったの?」
「先月」
「買わないって言ってたよな?」
「言うたかの」
「言ってた」
「覚えとらん」
白石がテントを見る。
「これ、結構ええやつちゃう?前室広めの」
「普通じゃ。三人分の荷物置くならこれくらい要る」
丸井が仁王を見る。
「三人分?」
「何」
「いや」
「なんじゃ」
「自分のテントなのに、三人で使う前提なんだなと思って」
仁王が止まった。白石も仁王を見る。
「…………」
丸井が笑い始める。
「そこ気づいてなかった?」
「うるさい」
「仁王、かわいー」
「黙りんしゃい」
「仁王くん」
白石が笑いながらテントを見上げる。
「ありがとうな」
「何が」
「俺らの家、新調してくれて」
「違う」
「違わねーだろ!」
「俺が欲しかっただけじゃき」
「三人用を?」
「荷物多いからの」
「増やしてるもんな」
仁王は火ばさみを持ち、察した丸井が逃げた。
「危ねえって」
「待ちんしゃい」
「白石助けろ!」
「自業自得や」
「白石!」
春が過ぎた。五月にもう一度行った。
六月。梅雨に入った。
丸井が、『今月キャンプ無理じゃね?』と送ってきた。
白石が、『雨多いしなあ』と返した。
仁王は、『行かんでええじゃろ』と送った。
七月。暑くなった。
誰もキャンプの話をしなくなった。
八月。さらに暑い。
仁王もさすがに行く気は全く起きなかった。
しかし、家の収納には、キャンプ用品が増えていた。
椅子。テーブル。ランタン。マグ。焚き火台。火ばさみ。グローブ。シュラフ。マット。テント。クーラーボックスケトル。コーヒーミル。収納ボックス。
その中を整理しながら、仁王は思った。
多い。明らかに多い。
「…………」
一回全部売るか。
そう思った。思っただけだった。
九月の終わり。金曜の夜。
三人で白石の家に集まっていた。
丸井が床に座ってテレビを見ている。白石はキッチン。仁王はソファ。
いつもの光景だった。
テレビから天気予報が流れる。来週から気温が下がるらしい。
仁王はスマホを開き、カレンダーを開いた。
十月。三連休。予定なし。
「…………」
目の前に二人ともいるが、グループLINEを開く。
LINEする必要はない。ないけれど、なんとなく文字を打った。
『10月の三連休。お前さんら空いとる?』
丸井と白石のスマホが鳴った。二人ともすぐにスマホを確認する。
「ん?空いてるけど」
キッチンから白石も顔を出す。
「俺も今んとこ空いてるで」
仁王はスマホを見たまま言った。
「キャンプ」
沈黙。丸井と白石は仁王を見ている。
「仁王、お前本当にキャンプ好きになったなー!」
丸井にそう言われて、仁王はスマホから視線を外さない。
ここまで来て否定するのも、もう面倒だった。
「……まあ」
「まあ?」
「好きじゃけど」
丸井が立ち上がった。
「言った!」
「うるさい」
「白石!聞いた!?」
「聞いた聞いた」
「仁王がキャンプ好きって!」
「聞こえとる」
「なんでそんな騒ぐんじゃ!」
「半年かかった!」
「何が半年じゃ!」
白石が笑いながら仁王の隣に座る。
「で?」
「何」
「どこ行くん?」
仁王はスマホを操作した。すでに開いてあったページを二人に見せる。
「ここ」
丸井が固まる。
「……もう探してんの?」
「三連休じゃぞ。早めに取らんと埋まるじゃろ」
白石が画面を覗き込む。
「湖畔?」
「林間もあるけど、今回は湖側がええ」
「なんで?」
「朝」
「朝?」
「風なかったら湖面に山映るらしい」
丸井と白石が、また黙った。仁王が顔を上げる。
「なんじゃ」
「いや……」
丸井が言う。
「もう俺よりキャンプ好きじゃん」
「それはない」
「あるって」
「ない」
「朝の景色まで調べてんじゃん」
「せっかく行くなら見るじゃろ」
「朝弱いくせに?」
「起きる」
「キャンプのために?」
「起きる」
丸井が笑い出した。白石も隣で肩を揺らしている。仁王は二人を睨んだ。
「行かんのなら一人で行く」
笑い声が止まった。
「え」
「何」
「一人でも行くの?」
「お前さんら予定あるなら」
丸井が白石を見る。白石が仁王を見る。
「仁王くん」
「何じゃ」
「それ、もう完全に沼やで」
「…………」
仁王は数秒黙った。
それから、テーブルの上の酒を取った。
「ほんなら何じゃ」
丸井が吹き出した。
「開き直った!」
「うるさい。で、行くんか行かんのか」
「行く行く」
「俺も行くで」
「ほんなら予約する」
仁王はその場で予約画面を開いた。
人数。三人。車一台。湖畔サイト。予約確定。
メールが届く。
「取れた」
「はや」
「埋まる言うたじゃろ」
「楽しみだな」
「せやな」
仁王はスマホを置いた。
「薪、現地で買えるみたいじゃ」
「はいはい」
「あと朝冷えるけん、防寒ちゃんとせんとな」
「はいはい」
「ブン太はみたいな薄い上着で来んな」
「分かったって」
「白石」
「ん?」
「ケトル俺持ってく」
「おおきに」
「豆は白石にお願いするぜよ」
「コーヒー豆な。任しとき」
「朝、湖見ながら飲もうぜ」
丸井が言った。仁王は一瞬だけ黙った。それから、
「……ええのう」
と答えた。二人はもう笑わなかった。