三人で、一枚

三人でモデルをしないか。
そんな話が来た時、最初に断ったのは仁王だった。

「やらん」

丸井はまだ何も言っていなかった。
白石に至っては、送られてきた企画書を読み終えてすらいない。

三人で夕飯を食べていた金曜の夜。テーブルの中央に置かれた丸井のスマートフォンには、知人から転送されてきた資料が表示されていた。

「早くね?」
「三人で撮られる意味が分からん」
「まだ説明してねーじゃん」
「ほんなら説明しんしゃい」

仁王はそう言って、また箸を動かした。
話を持ってきたのは、丸井が以前撮影を手伝ったカフェの仕事で知り合った制作会社の人だった。あのあと丸井は、何度か店の写真を撮っていた。
その縁で、別のウェブコンテンツを作る制作会社と知り合った。
今回の企画は、三十歳前後の男性を対象にしたファッションとライフスタイルの特集。休日をどう過ごすか。服を着て、街を歩いて、店に入り、コーヒーを飲む。いかにもモデルらしい写真ではなく、実際の友人同士の空気が欲しい。そんな企画だった。

最初は丸井一人に声がかかった。
その打ち合わせの中で、以前モデルをしたことがある友人が二人いると何気なく話した。
アウトドア系。暮らし系。
その話に制作側が興味を持ち、写真を見せてほしいと言われので、丸井は二人に確認してから、それぞれの公開ページを送った。

数日後。三人で出てもらえないかと返ってきた。

「丸井くんが原因やん」

白石が言った。

「俺もこんなことになると思わなかったんだって」
「ブン太。余計なことを…」
「写真送っていいかって聞いただろ?」

白石は二人のやり取りを聞きながら企画書を読んでいた。
街を歩く。カフェ。書店。最後にスタジオで数カット。衣装は用意される。拘束は一日。
白石がページをめくる。

「これ、かなりちゃんとした撮影ちゃう?」
「そうみたい」
「ギャラも出るんや」
「とはいえ一日は長いのう」

仁王もようやく資料を覗いた。

「仁王は前も一日の撮影だったろい?」
「あれはキャンプ場じゃったけ。そのあとは普通にキャンプもできたぜよ」

その日は結論が出なかった。
三人とも一度はモデル経験がある。だからこそ、撮影が思っているより面倒なことも知っていた。一人ならまだいい。三人で丸一日。わざわざ予定を合わせてまでやることなのか。
それぞれ持ち帰って考えることになった。

翌朝。
グループLINEに最初に書き込んだのは白石だった。

『俺やってもええで』

少しして丸井。

『俺も』

仁王からは来なかった。昼になっても来ない。
夕方。ようやく一件。

『二人がやるなら』

丸井はそれを見て笑った。たぶん、最初からそうなると思っていた。

撮影当日。集合は朝八時だった。三人とも普段より少し早く起きて家を出た。
スタジオへ入ると、すでにかなりの人数が動いてており、これまで三人が経験した撮影より、明らかに規模が大きかった。衣装のラックが並び、テーブルには靴や小物が置かれている。カメラマンのほかにも何人かいる。

丸井が小声で言った。

「俺ん時と全然違う」
「そらそうやろ」

白石が返す。仁王はラックに掛かっている衣装を見ていた。

スタッフに呼ばれ、三人はそれぞれ別の場所へ連れていかれ、各々のヘアメイク、着替えを行った。
最初の衣装は、三人とも普段着に近かった。
仁王は落ち着いた色のシャツとジャケット。白石は柔らかな素材のニット。丸井は少しカジュアルなブルゾン。
三人で並ぶことを前提に選ばれているらしく、単体では違うのに、並ぶと不思議とまとまって見えた。

着替えて戻ってきた丸井が、先にいた仁王を見る。

「似合うじゃん」
「ありがとの」

続いて白石も来る。

「白石はいつもと変わらん」
「仁王くんもな」
「俺はこんなジャケット着ん」
「似たようなん持ってるやん」

丸井が二人の間に入った。

「始まる前からうるせーよ」

その時、少し離れたところでシャッター音がした。三人が同時に振り返る。カメラマンがカメラを下ろした。

「すみません。今の感じ、よかったので」

最初は街を歩く撮影だった。三人で横に並ぶ。

「はい、じゃあいつものように歩いてみてくださーい」

言われて、歩く。三人とも黙った。十メートルほど進んだところで、カメラマンから声が飛んだ。

「もう少し普段みたいにお願いしまーす」

三人が止まる。
普段みたいに。
それが意外と難しい。
そもそも普段、三人で綺麗に横一列になって歩くことなどほとんどない。誰かが少し前にいたり、後ろにいたりする。人の多い場所なら自然に縦になる。
カメラを向けられ、三人揃って歩けと言われた途端、全員の歩幅まで妙に揃ってしまう。丸井が耐えきれず笑った。

「これ無理じゃね?」
「ブン太が変に意識するからじゃろ」
「仁王もめっちゃモデル歩きしてるぞ」
「しとらん」
「仁王くん、一人だけ決まりすぎなんよ」
「白石は姿勢よすぎ」
「どうせえっちゅうねん」

シャッター音が続いており、スタッフは笑っていた。
三人はそこでようやく、撮られていることを少し忘れた。

次のカットでは、歩く位置まで自由になり、そこから急に気楽になった。

丸井が少し前。仁王が後ろから何か言う。丸井が振り返る。白石がその間を歩く。
いつもの距離だった。

カメラマンからの指示も減った。

カフェへ移動し、三人でテーブルを囲む。コーヒーと軽い食事が出された。

「じゃあ少し話していてください」

それだけだった。
仁王がコーヒーを飲む。白石が料理を見る。丸井はすでに一口食べていた。

「これうまい」
「撮影中やで」
「食っていいって言われたじゃん」
「ブン太に食いもん与えたら撮影にならんじゃろ」
「何でだよ」

仁王が丸井の皿から一つ取った。

「あ、それ俺の」
「いっぱいあるじゃろ」
「自分の食えよ」

白石が笑った。
カメラの存在を、三人とも忘れ始めていた。

昼を挟み、午後はスタジオだった。
ここで初めて、三人とも苦戦した。

何もない背景の前。三人並んで立つ。逃げ場がない。

「もう少し近づいてもらえますか?」

カメラマンに言われ、三人が少し寄る。

「もう少し」

また寄る。
仁王の肩と丸井の肩が触れた。仁王が横を見る。

「近いの」
「仕事だろ」
「ブン太が寄りすぎなんじゃ」
「言われた通りにしてるだけなのに!」

白石が隣で笑う。

「白石も近い」
「しゃあないやん」
「もう少しだけお願いします」

三人が揃って微妙な顔をした。
スタッフの何人かが笑っていた。

そのまま撮影が続く。
仁王はカメラを向けられると、やはり妙に決まった。一人で撮った時と同じだった。姿勢も目線も、何となく正解を作ってしまう。
白石は指示されたことを忠実にやる。顔をこちら。肩を少し。手はここ。全部その通り。
丸井は最初こそ普通だったが、二人が横にいるせいで途中から笑い始めた。

「一回休憩しましょうか」

カメラマンのその言葉に、三人ともその場で力を抜いた。
仁王が肩を回す。

「疲れた」
「仁王くん、こういうの得意やと思ってた」
「得意じゃない」
「でも写真めっちゃ決まってるじゃん」

丸井が言う。

「勝手にそうなるんじゃ」
「何それ」
「ブン太は何も考えとらんじゃろ」
「悪口?」
「褒めとる」
「絶対嘘」

白石が吹き出した。仁王も笑う。丸井も釣られて笑っていた。
その姿にカメラマンが慌ててカメラを構えて、シャッターを切っていたが、三人は気づかなかった。

撮影が終わったのは夕方だった。
最後に、何枚か写真を見せてもらった。
最初の街中。カフェ。スタジオ。
三人とも、自分の単独写真にはそれほど反応しなかった。それぞれ一度経験している。それより、三人で写っている写真のほうが妙だった。
自分が誰かと話している時、どんな顔をしているのか。そんなものは普段、自分では見ない。
丸井が仁王を見て笑っている。白石が二人を見ている。仁王は何かを言いながら、少しだけ口元が緩んでいる。

「仁王。お前、一人の時と顔が全然違うな」
「そうかの」
「ほんまやな」

仁王にはよく分からなかった。
自分の顔など、どれも同じに見える。

最後に表示されたのは、午後のスタジオだった。
休憩に入った直後。三人とも、撮られていると思っていなかった時の一枚。
丸井が何か言っている。白石が笑っている。仁王も横を向いている。
誰一人、カメラを見ていない。肩が触れそうなくらい近いのに、その時だけは誰も距離を気にしていなかった。

「これ、いいですね」

スタッフの言葉に、三人はしばらく写真を見ていた。

撮影した写真の公開は一か月後。
その日、三人とも仕事だった。最初に見つけたのは丸井。昼休みにグループLINEへURLとスクリーンショットを送った。

『出てる』
『ほんまや』
『思ったよりでかいの…』

サイトを開く。ページの最初。
大きく使われていたのは、あの日最後に見せてもらった写真だった。
三人ともカメラを見ていない。丸井が笑っている。白石も笑っている。仁王は二人のほうを見ている。
その下に、小さくコピーが入っていた。

休日を、いつもの人と。

『これメインになったんだな』
『一番普段っぽかったからやない?』
『でも俺ら普段こんな近くないじゃろ』
『でもええ写真やで』

仁王はもう一度ページを開いた。
確かに悪くない。
少し迷ってから、画像を保存してスマートフォンの画面を閉じた。

一人で撮られた時には、自分の知らない自分が写っていた。
三人で撮られた今回は、自分の知らない三人が写っていた。
それも、悪くなかった。

その週の金曜。
三人はいつものように飲みに行ったがモデルの話は最初の十分ほどで終わった。

丸井が仕事の愚痴を言い、白石が次に買いたい植物の話をして、仁王がキャンプ場を探している話をする。
写真の中より離れて座って、誰も綺麗に並ばない。

それがいつもの三人だった。